画家・伊東雅江さんの「鎌倉カレンダー」2021年3月より。

大町四つ角のすぐ近く、八雲神社に向かう路地に、昭和5年建築の古い洋館と、その奥に日本家屋がありました。洋館には茶色でガラスが嵌め込まれた入口扉の横に「内藤医院」という大きな木の表札が掛けられていましたが、病院は既に閉院されています。
奥にあった日本家屋の方は、大正の頃は三久家のもので、大正5年頃には歌人の木下利玄氏も住んでいました。牡丹の花が沢山植えられていて、当時は牡丹屋敷と呼ばれていたそうです。木下利玄氏の作品『牡丹花は咲き定まりてしずかなり花の占めたる位置の確かさ』という歌に詠まれているのは、ここの牡丹だったのかもしれません。
その後、医師の村尾千之氏が所有、日本家屋に加えて洋館を増築し、結核患者の入院設備も備えた村尾医院を開業しました。昭和32年頃には村尾氏の甥である内藤悌三郎氏が受け継ぎ、内藤医院となりました。1966年のテレビドラマ「氷点」で医師の娘役を演じ一世を風靡した女優の内藤洋子さんは、こちらの内藤医院のお嬢さんで、内藤家には洋子さんの他に3人の娘さんがいて、お花が好きな末のお嬢さんが、酔芙蓉、凌霄花(ノウゼンカズラ)、エンゼルトランペットや、日本では珍しいジャカランタなどのお花を植えていて、往時には季節ごとに美しく洋館を飾っていました。
<絵/文 伊東雅江>




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