画家・伊東雅江さんの「鎌倉カレンダー」2021年8月より。

玉縄に百合御殿と呼ばれている素晴らしい日本家屋があるのですが、このお屋敷はかつて大正期に“百合大尽”と呼ばれた、地主で農業家の角田助太郎氏の邸宅でした。お屋敷をスケッチさせて頂いたので、当時周りに広がっていたという百合畑とともに、大正の頃の風景を想像して描きました。
玉縄図書館で開催されていた「鎌倉のゆり」という展示によると、明治期、鑑賞装飾用としてユリ球根の欧米向け輸出が横浜港で始まりました。ゆりが豊かに自生する鎌倉からも、盛んに栽培された球根が海を渡るようになりました。大正期になって、角田助太郎氏が黒軸鉄砲百合の栽培を導入すると、玉縄村は神奈川でも有数の産地となります。この頃に百合から得た資金は、玉縄小学校の運営にも回されていたようです。
ゆりは連作できないため産地はほかに移りましたが、その技術は県立フラワーセンターヘ受け継がれました。
展示されていた輸出用の美しいカタログの中にあった「鬼百合」は、100年程前のイギリスのスージークーパーの食器に描かれていた「タイガーリリー」と同じお花でした。もしかしたら当時、鎌倉からイギリスヘはるばる運ばれた球根から咲いた花を見てデザインされたのかもしれませんね。
<絵/文 伊東雅江>




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