七里(しちり)の蛇神

むかし、七里ヶ浜の田辺が池には大蛇が住んでいると言われ、たいそう恐れられていました。まわりでは困ったことがときどき起こって、そのたびに村人たちは「蛇神の祟りだ」とうわさしました。

ある日、この池のほとりに農夫が自分の牛にやる草を刈りにきました。すると、村では見たこともない怪しい牛が出ています。

七里の蛇神1

これは蛇神に違いない、と農夫が鎌を投げると、グサッと牛に刺さりました。すると今まで牛だったものが、みるみるうちに恐ろしい大蛇の姿に変わりました。大蛇は天地を揺るがす大きな音を立てて、西の方に飛んで行き、箱根山を七巻半したとのことです。

七里の蛇神2

それから数日後、箱根のある温泉で年とったあんまが湯治をしていると、一人の男が入ってきました。よもやま話をするうちに、男はうっかり正体を明かしました。
「実はおれは大蛇で、嫌いなものはひのきや鉄だ」

そして、「誰かにこの話をしたらお前の命はないぞ」と、あんまを脅しました。

七里の蛇神3

あんまはたいへん驚いて、「たとえ自分の命がなくなろうとも、こんな化け物を放ってはおけない」と大急ぎで山を下り、転がるように代官所に駆け込みました。そこですべてを話し終えると、あんまは息絶えたのです。

人々はひのきと鉄の棒や、鎌や鍬を集めて山へ行き、大蛇を退治しました。今でも箱根の山中からは、その大蛇の骨が出てくるそうです。

絵/渋谷雅子
お話/コソガイ

このお話は、前半も後半も昔話のよくあるパターンになっています。

水害や土石流にまつわるとされる赤牛伝説は全国に伝わっています。静岡県の池の平には、不吉な赤牛を殺したら池の主の大蛇だったという話があって、前半の話とよく似ています。

後半の箱根の話は、盲目の旅人が大蛇の弱点を聞いて村人に伝えて命を落とすという、大蛇退治伝説の典型で、類似の話に新潟県の大里峠大蛇伝説、福島県の大悲山大蛇物語などがあります。これらの話では、大蛇がふもとの村を押し流そうとしていたのですが、この「七里の蛇神」では、大蛇の存在自体が危険視されています。災害や不幸をもたらす蛇神=邪神(悪い神様)であるとして、この話は「七里の邪神」とも呼ばれています。

日照りが続いた文永8年(1271)、執権北条時宗が極楽寺の忍性に雨乞いを命じたが効果がなく、この田辺ヶ池で日蓮が祈祷すると大雨を降らせたと伝えられています。

八大龍王とともに雨乞い修法を守護した大蛇が使った枕は、「蛇枕龍神」として祀られています。邪神の大蛇はいなくなり、枕しか残ってなかったのでしょうか。明治の末、この霊跡を守るために霊光寺が建てられました。

霊光寺・田辺ヶ池 鎌倉市七里ガ浜

文/コソガイ

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