建長寺のたぬき和尚 その2

たぬき和尚2-01

むかし、建長寺の裏山に一匹の古狸が棲み、お寺から飯をもらっていました。建長寺が三門を建て直すと聞いて、たぬきはお世話になったお礼にと、建長寺のお坊さんに化けて托鉢して寄付を集める旅に出ました。

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町や村をまわると、人々は丁重に迎えて、志のお金を差し出してくれました。

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ある日、たぬきのお坊さんは中山道板橋宿の旅籠に泊まりました。

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旅籠の主人が記念に一筆お願いすると、お坊さんは快く受けて

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部屋に一人でこもり、立派な文字を書いてくれました。

たぬき和尚2-06

その晩、女中が廊下を通り過ぎようとすると、部屋の障子にたぬきの姿が映っています。

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びっくりして声を掛けて障子を開けると、座っているのはお坊さんです。

たぬき和尚2-08

女中は「たぬきが化けたに違いない」と騒ぎましたが、信心深い主人は「滅多なことを言うな」と口止めしました。

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次の日、たぬきのお坊さんは練馬の宿に泊まりました。

たぬき和尚2-10

そこでも書き物を頼まれたお坊さんは、今度はなにやらおめでたい絵を描きました。

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お坊さんが風呂に入っているとき、ボチャボチャと水音がしたので通りかかった女中が覗いてみました。するとお坊さんに尻尾があって、それを洗っているではないですか。

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そのうちに、建長寺のお坊さんは人間ではない、たぬき和尚だという噂が広まりました。

たぬき和尚2-13

さらに次の日、たぬき和尚は駕籠に乗って青梅街道を別の村に向かって進んでいました。

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駕籠かきは、この和尚の正体を見てやろうと、一匹の犬をけしかけてみました。

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すると犬はしばらく匂いを嗅いでいましたが、いきなりたぬき和尚を駕籠から引きずりおろすと、かみ殺してしまいました。

たぬき和尚2-16

駕籠かきは「やっぱり、たぬきだったか」と思いましたが、なかなか正体を現しません。

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真っ青になって「お坊さんを殺してしまった」と役人に自首しました。それから七日過ぎにようやく古狸が正体を現しました。駕籠かきは無罪放免となりました。

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駕籠の中にはたぬき和尚が建長寺のためにあつめた金三十両と銭五貫二百文が残されていました。駕籠かきはせめてもの償いに、それを建長寺へ送り届けました。

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建長寺では、寺のために旅に出て苦労して死んだたぬきを憐れみ、境内に小さな祠をつくって供養しました。この祠には、夜になるとひとりでに燈明が灯ったということです。

たぬきがあつめたお金も加わって三門は無事に再建されました。それから、建長寺の三門は「狸の三門」と呼ばれています。

絵/渋谷雅子
お話/コソガイ

以前紹介した「建長寺のたぬき和尚」の別バージョンです。このお話は、神奈川県をはじめ、東京、静岡、山梨、長野などで語られていて、様々なバリエーションがあります。

旅先での様子として、食事の様子を覗くと食べ物をお膳にぶちまけて犬食いしていたとか、食べた後がひどく汚かったとかも多くみられます。そこから、山梨県では子どもが食べこぼすと「建長寺様のようだ」という叱り方をするそうです。

今回紹介したのは恩返しをする良い狸の話ですが、もてなしを受けるために和尚を殺して成り代わる悪い狸のパターンもあります。狸ではなく狢だったり、建長寺ではなく他の寺の僧侶やお公家様だったりもします。

狸を殺したのは、長野県光前寺の霊犬・早太郎(静岡県磐田市ではしっぺい太郎と呼ばれる)とされることもあります。早太郎伝説は延慶年間(1308-1311)なので、安永4年(1775)の建長寺三門再建とは大分年代が違いますね。

調べてみると、さらに昔の和銅年間(708-714)、都の役人に化けた大狸が人身御供を要求して犬に退治された、という山形県高安の伝説が見つかりました。

おそらく、古くからある「偉い人に化けた狸(狢)が犬に殺されて正体を現す」という物語の原型に、もう一つのたぬき和尚の「狸が勧進にまわる」という話やその他の伝説が合体したのではないでしょうか。

狸が書き残したという書や絵もさまざまです。見事な筆跡もあれば文字だか絵だかよくわからないもの、布袋渡河図や霊獣・白澤などおめでたいもの、化け物のような不気味なもの、大鹿の絵、柳に鳩、など。各地の名家に伝わる家宝に対して、付加価値を高めるために「狸が書いた珍しい品」としたのかもしれません。

一部は今でも実在しており、ネット上で見られるものもあります。

建長寺(けんちょうじ) 鎌倉市山ノ内8

文/コソガイ

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