眼医者の地蔵

眼医者の地蔵

大船の旧鎌倉街道の中ノ道沿いに離山というところがあります。三つの小山が南北に並び、北から腰山、長山、地蔵山といいました。

その地蔵山の頂上に、「富士見地蔵尊」というお地蔵さまが立っていました。ある時、蜂に目を刺されたカラスが痛がって泣いていると、お地蔵さまはお経を唱えて助けました。この様子を見ていた狐が、離山の地蔵は目のお医者と触れ回り、たいそう評判になったのです。

後にお地蔵さまは麓へ下ろされました。今でも目を患った人が参拝に来ることがあるそうです。

絵/渋谷雅子
お話/コソガイ

山の上のお地蔵さまが麓の村人に声を掛け、人々がお参りしやすい場所に下ろすようにお告げをした、という話もあります。

離山富士見地蔵尊(はなれやまふじみじぞうそん) 鎌倉市大船

「離山」は、3つの峰に分かれていたことからそう呼ばれています。古墳だという説もあり、この辺りに梶原景時の城砦があった、元弘の乱で新田義貞が軍議を行ったなどの伝承も残されています。

大正時代の地図を見ると、3つの小山が連なり、周囲には水田が広がっていたことがわかります。

離山旧地図
今昔マップ」より作成

昭和初期には腰山と長山が土地開発により、太平洋戦争中には軍事施設のために地蔵山が崩されて、その土で周囲の田が埋められました。現在は住宅地となっています。

お地蔵様は山上の十三塚に安置されていたもので、昭和13年に山裾に下ろされました。昭和58年の道路拡張で現在の位置に移された時に、地主さんが屋敷の一部を提供して地蔵堂を建て、今も地域で大切に祀られています。

眼医者の地蔵写真
2023年9月撮影

文/コソガイ

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